何かが足りない定期更新ゲーム雑記中心。
イタい? 中2病? 褒め言葉です。
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人里と山の境、春夏秋冬、時節を無視してあらゆる草花が咲き誇る、その特徴通りの名を持つ四季の森。九郎ことジュリアの家はそこに建っている。
外観は歴史を感じさせる、典型的な純和風建築の邸だが、その内部はジュリアの“父上”によって徹底的に魔改造が行われ、所々が魔空間と化している。
――さて。
ジュリアは腕捲りして、入り口から書庫の内部を見渡した。
邸の地下に設けられたその場所は、少なく見ても高等学校のグラウンドほどの広さがある。碁盤の目のように空間を区切る本棚は床と天井とそのまま繋がり、それ自体が壁の役割を果たしていた。
紙のにおいと木のにおいが充満したそこには、ランプ代わりの狐火が蛍のように漂い、幻想的かつ不気味な雰囲気を醸し出している。
古今東西、専門書から漫画にいたるまで、様々な本が納められたこの書庫は、ジュリア一家のみならず、ここ目当ての客人が多く訪れるほど好評の場所であった。
――これも修行の一つですね……やりますか!
これからジュリアが行うのは、膨大な数の本の整理と掃除である。
到底、たった一人がたった一日で終わらせられる量ではない。しかしそれは、ただの人間にとっての話だ。
ジュリア=ティーローズは一人ではあるが、ただの人間ではない。半分なりとも妖狐の血を引く、れっきとした人外、化生の類なのだ。人数にしても、足りなければ増やせば良いだけのこと、というのが彼女らの考えである。
「陽炎<かぎろひ>の舞っ!」
くるくると舞い始めたジュリアの姿が陽炎のフィルタを通して見えているかのように揺らめく。
割烹着姿でも華麗な動きは残像すら伴い、見る者にあたかも彼女が複数存在しているかのような錯覚をもたらす。
否、錯覚ではない。舞い終えて一息ついたジュリアの前には、“八人の彼女”がしっかりと床に脚をつけていた。質量を伴った残像、もとい妖力で作り出した分身だ。
最初の掛け声はただの勢いで、何の意味もない。それ自体は珍しくもなんともない術である。
「散っ!」
再びのジュリアの掛け声と同時に、八つの分身たちが一斉に動き出す。
ある分身ははたきを手にし、ある分身はモップを掴み、また別の分身は本棚に目を通し始める。
目を閉じ精神を集中する本体のジュリアの役割は、八つの分身の十六の瞳から得られる情報を整理して、八つの四肢を全て個別に、それぞれの視界に沿ってコントロールすることである。
常人なら発狂しかねない作業だが、それはジュリアにとっては慣れたものであった。
マルチタスクは戦術魔導士の基礎だぞ、とわけのわからないことを言う“父上”に叩き込まれた技術は、こういった時には非常に役に立つ。
――“何も”ないといいんですけどね……
思考の余白でぼんやりと物思いに耽りながら、かくしてジュリアの書庫整理は始まったのであった。
(つづく)
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