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何かが足りない定期更新ゲーム雑記中心。 イタい? 中2病? 褒め言葉です。
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   -*-



「…………ぅー」
 もぞもぞと身体を動かし、九郎はのそりと身体を起こした。
 元々が癖の強い髪はボサリと跳ね、ところどころが逆立っている。寝起きだから仕方がないと言えば仕方がない。
(妙な時間に起きたなぁ……)
 時刻はわからないが、少なくとも夜明けはまだ遠そうだった。辺りは真っ暗で、野鳥の鳴き声が聞こえてくる。
 水でも飲もうと立った彼女は、一糸纏わぬ姿である。と言っても趣味ではない。単にパジャマがないだけだった。
(夜中に目が覚めるって、すごい久しぶり……)
 妖狐の血を引く彼女は夜目が効く。電気も付けずにとことこと歩き、手探りすることもなく蛇口に手を伸ばした。
 そして誰にも見られていないのをいいことに、流れる水に顔を近づけそのまま飲む。うつろな瞳で舌を伸ばして水を飲む姿は扇情的なことこのうえない。
 水を飲み終え口元を手で拭うと、九郎は再び布団の上に倒れこんだ。



   -*-



(…………?)
 九郎の意識が再び眠りの海から浮かび上がってきたのは、息苦しさを感じたからだった。
 まだはっきりとしない彼女の思考は、その原因が何なのか推測しようとすることさえできなかった。
 だが――
「ん、ふ……んむぅ……」
(…………!?)
 口の中に感じる甘いぬめりと顔を撫でる熱い吐息は、九郎の意識をアジのように釣り上げた。
 カッと目を見開くと、そこには。
「は、母う、ん……ぁン……っ!」
 九郎の言葉は続かなかった。その唇を塞がれたのだから無理もない。
 誰にも許したことのない、彼女の桜色の唇を奪ったのはあろうことか――
(何コレ!? なんで“お母さん”がいるの!?)
 九郎の舌にねっとりと舌を絡めてくるのは彼女の“母上”その人であった。
 間近で見るその顔には、実の娘に向ける家族愛とは思えない別の感情、もっとどろどろとして濃厚なモノが満ちている。
 普段なら絶対に九郎へは向けられない欲望が、流し込まれた唾液に混ざっていた。
(マズいマズいマズい何なのこの状況!?)
 抵抗しようにも力が入らない。恋愛経験皆無の九郎にとって、そういった行為に熟練した“母上”のキスはあまりに刺激が強すぎた。
 意識的なすらできないのは、“母上”が全く年の差を感じられない容姿をしているからだ。身体的には九郎の外見年齢よりほんの少しだけ上にしか見えないのである。しかもその姿は、同性でも見とれるほどに美しい。
 両手をそっと掴まれて、されるがままに理性を溶かされていく。不思議と恐怖と拒絶が生まれないのは、巧みな技術あってのことなのだろうか。
「んちゅ……はぁ……ん、んんっ!」
「ぁぁ……ふ、ぅン……んむぅ…………ふぁ……」
 長い口づけが終わり、そっと唇が離れた頃には、九郎は状況に対する疑問も抵抗もすっかりなくなっていた。
 混ざり合った唾液が唇の端からとろりと溢れ、目には悲しみや恐怖から生じたのではない涙が輝いている。
 息継ぎもできずにいた反動から、はぁはぁと荒い息を吐く九郎の身体を、“母上”の欲望に染まった瞳が見下ろしていた。その豊満な身体は、当然のように一糸も纏わずほんのりと甘い匂いを放っている。
(あー……まさか、私の初めてがこんなところで、なんて…………でも、まぁ、いいか……)
 覚悟を決めた九郎は、“母上”の視線に自分の視線を絡ませた。気がつけば九郎自身も一切の肌着を身につけていなかった。心も身体も準備は既にできている。
 その姿を見て優しく微笑むと、“母上”はその手を九郎のふとももに当てて、身体を重ねるようにゆっくりと覆い被さった。
 そして、九郎の唇をそっと舐め、一言。
「可愛いです、玉藻さん……」
(玉藻…………ってあれ?)
 “母上”が口にしたその名に疑問を抱いた瞬間、九郎の意識は再び闇に落ちた。



 -*-



「……………………な、なんて夢を……」
 闇の中で目を覚ました九郎は汗だくになっていた。
 ドキドキどころではないほどに、胸が激しく震えている。
「…………あー!!!」
 今しがた見た夢の衝撃に、頭を抱えて布団の上をごろごろごろ。
 なぜあんな夢を見てしまったのかはわからないが、とんでもない内容だということだけはわかっていた。
 妙に意識がはっきりとしていた夢だけに、自分があっさりと流されてしまったことが恥ずかしかった。
(目が覚めなかったら、今頃私は……私は……!)
 どうなっていたのだろうか。自分で想像して、九郎は更に悶えることになった。
 裸で寝ていたのは幸か不幸か。何にせよ、今この姿を誰かに見られれば、彼女は喜んで死を選ぶだろう。

 ひとしきり悶え、心身ともに疲れきった九郎は三度布団に倒れこんだ。
(か、感覚が生々しすぎる……)
 しかし今度は、身体の火照りが浮き袋のようになってしまって、彼女を眠りの海に沈めない。
(父上は毎晩あんな……って何考えてるんですか私は!)
 おそるおそる触れてみた太股の内側がどうなっていたかは、彼女にしかわからない。
(…………うぅ、寝られるわけありません……)
 もぞもぞと身体を動かしてみたところで、眠気は一向に訪れなかった。それどころか逆に意識が冴えてくる始末である。
(…………今度母上に会ったら、どういう顔をすればいいんでしょう……)
 意を決して九郎はそっと指を舐め、ぴんと伸びた耳の先、しっぽの先まで布団に潜り、そして――
 ともかくその夜は、九郎にとってとても長い夜になったのだった。
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 名も無き遺跡島の地上、自然溢れる森の中で、九郎は自分の身に何が起きたのかを再確
認していた。
 つい先ほど見た、談笑しながら歩く“自分自身”の姿。聞き込みで得た日時の情報。そ
して記憶と寸分違わない島の光景。
 これらから九郎が導き出した答えはただ一つ。
(まさか、本当に過去の世界に戻ってくるなんて……)
 ありえないと思いながらも、その答えを否定することができない。九郎が自宅の扉を抜
けて辿り付いたのは、まさしく言葉通りの“かつて自分が旅した島”だったのである。
(あー……なんか混乱してきました……)
 何故こんなことになったのか、九郎には見当もつかない。例え妖怪としては桁外れの力
を持つ“父上”こと玉藻の力を以てしても、過去に戻るなどという芸当は不可能なのだ。
少なくとも九郎は時間を操る力を持った存在などに会ったことがない。
(ともかく、どうにかして事態を把握しなければなりませんね)
 これ以上は考えても答えが出そうにない。だから考えない。考えても仕方のないことを
考えるのは時間の無駄といういつも通りの思考で、九郎はこの異常事態の原因を探るべく
行動を開始したのであった。



   -*(注:やたらとややこしいです)-



 九郎が過去の世界に戻り、彼女の体感時間で二日目の夜が来た。
 昼間に襲い掛かってきた何者か――恐らくは“父上”だと九郎は思っている――のこと
も気がかりではあったが、今彼女にはどうしても確かめなければならないことが一つあっ
た。
 実家で見るのとはまた違う星模様の空を、ひと気のないなだらかな丘の天辺で見詰めな
がら、九郎はその時を待つ。“母上”からクリスマスプレゼントに貰った懐中時計の蓋を
開くと、その長針と短針は揃って12の直前を指している。
 もうすぐ日付が変わるのだ。
(さて、今日も“アレ”が訪れてくれるでしょうか)
 昨日“それ”を体験した時は取り乱してしまった九郎だが、二度目ともなれば既に落ち
着きを保っている。
 “それ”は彼女にとっては来なければ困るものなのだ。
(…………!)
 思わず力を込めた手の中の、金縁の懐中時計の二つの針が12を示す。

 瞬間、世界が咆哮を上げた。

 重力が数倍にも跳ね上がったかのような衝撃が九郎を襲う。
 大気がびりびりと震え、地鳴りのような雷鳴のような轟音が響き渡る。
 世界が終わりを迎えたかのようなその現象は、しかし十秒と経たずに終わりを迎え、あ
たりには何事もなかったかのように静寂が戻った。
(…………ふぅ)
 一息つき、九郎は草の上に腰を降ろした。手の中を見ると、懐中時計は何事もなかった
かのように時を刻んでいる。しかし異常はあった。
(やっぱり、そういうことですか)
 彼女の懐中時計はただの時計ではない。優秀な魔具の作り手である“母上”が作った、
不思議な力を秘めたマジックアイテムなのである。
 その無駄に多いオプションの一つが、“絶対時間の観測保護”。具体的に言えば、何が
あろうと九郎の故郷『七禍施町』を中心とした日付を示すカレンダー機能だ。
 ただのカレンダー機能では面白くない、竜宮城に遊びに行っても門限を守れるようにと
の玉藻の提言とも冗談とも知れぬ言葉から生まれた、無駄な技術が込められたこのカレン
ダーは、意外なところでその真価を発揮していた。
 九郎が過去の世界に戻り、先ほど日付が変わって三日目を迎えたことになる。しかし、
懐中時計が示す九郎の生まれ故郷の日付は、彼女が訪れたその時から一日たりとも過ぎて
はいなかったのだ。
 時計の機能が正常であったとすれば、これが意味することはただ一つ。遺跡島を流れる
時間と九郎の故郷で流れる時間にズレが生じている。

 例えるならば、“逆うらしま太郎”と言ったところだろうか。
 九郎は今、過去の世界という名の竜宮城に居るのだ。その間、外の世界――彼女が元居
た世界の時間はどうやらほとんど流れていないらしい。
 別の例えをすれば、某少年漫画の『精神と時の部屋』に居る状態なのだ。
 仮に今、何らかの手段で過去から現代へと戻り、自宅で待つ“母上”に話しかけると、
「あら、忘れ物でもしたの?」と言われることだろう。

 時間の知識には乏しい九郎であるが、今しがた体験した零時丁度に発生する謎の空間震
動は、未来からやってきた“九郎という特異点の時間”と、“過去の世界の時間”が同時
に存在することの矛盾を解消するための物であると推測した。
 要は時間の断層・ズレの歪みを解消するための、地震ならぬ“時震”である。地震で言
えば震度六以上の規模であるにも関わらず、あの衝撃は木の葉一つ揺るがすことはない。
この時間においての“異常”である、九郎だけが感じるもののようだった。
 また、逆に言えばこの時震がある限りは、“九郎の時間”は“過去の時間”の流れとは
切り離されたものであり、過去の世界で例え一年を過ごすことになったとしても、元の世
界における時間は全く経過していない――とどのつまり、九郎は“母上”を待たせている
ことの心配をしなくて済むと考えることができる。
 九郎にとっての最大の心配事がソレであった。“父上”の不在で精神的に不安な状態の
“母上”を長い間一人にさせておくのはあまりにも危険すぎる。冗談抜きで世界を滅ぼす
ために行動しかねない。

(……まぁ、どれも希望的な考えに過ぎないんですけどね。そんなことより、そろそろど
うするべきなのか、はっきりしなければいけませんか)
 九郎は未だに自分が何をするべきなのか迷っていた。自分の置かれた立場が徐々にわか
って来た彼女だが、それはそもそもの目的には全く結びつかないものなのだ。
 とりあえず、九郎の当面の問題は二つある。
 一つは当初の目的、“父上”こと玉藻の捜索だが、手掛かり一つ存在しない。怪しいの
は昼間に九郎を襲った狐面だが、後を追おうにも行方が知れない。
 一つはどうやって元の世界に戻るのか。バックトゥザフューチャー的な展開である。し
かし生憎とこの世界にデロリアンは存在しない。そもそも過去に戻った経緯すら曖昧なの
にどうしろというのだろうか、というのが九郎の本音だ。
(うーむ……明日考えることにしますかぁ)
 悩んだ末に九郎が取った選択肢は睡眠である。日付を跨いだということは、普段の九郎
の就寝時間がやってきたということだ。
 星空を見ながら、九郎は隠れ家への道を歩き出した。
(父上も、私と同じこの夜空を見ているんでしょうか……)
 胸の内に生まれた僅かな寂しさを、九郎は明日の朝食の想像で上書きした。



   -*-



「よぉ! やーっとこさ見つけたぜ!」

 遺跡の地下深く。未だ冒険者たちの姿が見えない深層の領域に、対峙する二つの影があ
った。
 獰猛な笑みを浮かべ、その片方、玉藻は狐面の“敵”に語りかける。
「馬鹿娘のせいでお前を墓穴に叩き込むのが遅れちまったが、今日がお前の命日だ!」
 並の者ならそれだけで死を予感する殺意を、その小柄な身体から漲らせる玉藻を前に、
狐面は怯まない。それどころか仮面の下で不敵に笑う。
「なるほど、あれは娘か」
「ああ、娘だ。僕には家族が居る。だからお前はここで死ね!」
 玉藻の小さな掌に、山一つ焼き払う威力を秘めた炎が灯る。対する狐面の掌に灯った炎
もまた、九郎に不意打ちをかけた時とは比べ物にならない熱量を放っていた。

 戦いの始まりはどちらから仕掛けたのかすらわからなかった。
 爆音が響き渡り、衝撃波が木々を根こそぎ吹き飛ばす。大地に爪痕を残す妖怪同士の戦
いは、誰にも知られることなく続く。
 自主的な訓練は九郎の日課である。
 彼女が生きる妖の世界は、人の世界とは比べ物にならない程の実力社会だ。命の価値観
も違い、争い事も珍しくないそこにおいては、金よりも地位よりも力が求められる。
 数多の妖怪には人のような等しさもなく、一つの種族として生を受けたその時から力の
差異が存在している。虎が強いのは虎であるからという言葉のように、妖怪の強さの基準
はまず、種族そのものにあると言ってもいい。
 源九郎は人と妖狐の間に生まれた半妖であるが、妖怪としての特性は妖狐と変わらない。
 妖狐は純粋な力では鬼に及ばず、天狗のように自在に空を舞うこともできない。しかし
強い。何故だか理由が分かるか、と九郎は以前“父上”に聞かれたことがあった。
 九郎は問いに答えることはできなかった。そして、今でもその答えを出せずにいる。

 ――人としても妖狐としても、私は中途半端ですね……

 滝に身を打たれながら九郎は考える。
 修行と言えばこれぞ、という光景だ。ビルの5,6階ほどの高さから落下する水は、そ
のまま浴びると首の骨によろしくないので、常時その衝撃を術で軽減していなければなら
ない。地味に厳しい訓練だった。
 考え事をするくらいの余裕があるあたり、本来の滝行とは少々違うものではあるのだが、
当の九郎はそんなことは知らない。
 このところ戦いで勝利を得ていない九郎は悩んでいた。

 ――実戦は中々うまくいかないものです

 滝に打たれてみても、その悩みは流れない。
 九郎に足りないのは実力ではなく経験だった。もちろんそれは、一朝一夕でどうにかな
る類のものではない。

 ――慣れるしかないでしょうかねぇ……さて、そろそろ朝食の準備でも

 訓練を切り上げようとした九郎は、ふと流れ落ちる水に違和感を感じて留まった。
 何か様子がおかしいぞ、と思った次の瞬間、猛烈な悪寒を感じ、九郎は近くの岩場に飛
び移った。
 ずどん、と強烈な震動が空気を伝う。何が起きたのか理解する前に、九郎は臨戦態勢を
取った。耳をぴこぴこ動かし周囲の気配を探る。
 しかし辺りには何もいない。少なくとも今の九郎には、何かを察知することはできなか
った。
 息を止め、構えを解く――ように見せかけたが、不意に何者かが襲い掛かってくる様子
もない。舞い落ちる木の葉の音さえ見逃さない九郎の聴力をもってしても、聞こえるのは
ごうごうと唸る水音だけだった。

 ――何だったんでしょう、今のは……

 ようやく一息ついた九郎は、目の前に落ちてきた“ソレ”を見た。
 つい先ほどまで彼女が滝に打たれていた場所には、彼女の身長の三倍ほどになる大きさ
の氷塊が転がっていた。
 こんな場所に元々存在していたとは思えない、氷河の欠片のようなその氷は、九郎が直
前に感じた“水に溶け込んだ魔術の力”と関係があったとしか考えられなかった。
 とはいえ、九郎が出した結論は、何者かが自分の命を狙っているわけではないというも
のだった。いくらなんでもこんな雑な襲撃方法はありえないというのが彼女の結論だ。

 ――滝の上流で誰かが魔術の訓練でもしていたんでしょうか?

 色々と不可解な点が多すぎるが、考えても仕方のないことは考えないというのが彼女の
スタイルである。
 首をかしげて「ここで訓練するのはもう止めておこう」と思う九郎は、濡れた身体を炎
術で乾かして、朝食の準備に向かった。





   -*-





 時は少し巻き戻る。
 九郎が滝に打たれていたその頃、滝の上流に相対する二つの影があった。
「何者ですか、あなた!」
 影の一方、“九郎”は襲撃者に問いかける。
 自分が何をするべきなのかわからず、“自分自身”の修行姿をこっそり遠くから眺めて
いた“もう一人の源九郎”は、何者かにいきなり攻撃を受けたのだ。
 どうにか交わした不意打ちの炎弾は、爆音と共に川原の砂利と林の木々を抉り取り、そ
の威力が殺す気で打ち込まれたものだと九郎に理解させた。
 間に河川を挟み、戸惑う九郎の前に立つのは、山伏の装束に身を包み、狐の面を被った
小柄な姿。
 その背後には黄金に輝く九つの尾が揺らめき、同じく小判のように輝く髪からは、獣の
耳がにゅっと伸びている。
 九郎とさほど背丈の変わらないその襲撃者は、無言のまま片腕を上げ、轟と音をたてて
その掌に炎を宿らせた。
「ていうかノリで聞きましたけど父上ですよねッ!?」
 服装以外はどう見ても九郎の“父上”である襲撃者は、しかし彼女の問いには答えずに
燃え盛る手を振り上げた。空気が焦げる臭いがその威力を物語る。
 話し合いどころか一言も聞く気がない“敵”の態度に、ならばと九郎は応戦の型を取る。
事情は分からないが、悠長にしていては命がない。
「燃えちゃえよ……」
 ぼそりと呟き、襲撃者は軽く横に腕を払う。それだけの動作が圧倒的な破壊力を生んだ。
 津波のような熱波が九郎の視界を朱に染める。見てからでは対処の仕様がないその炎嵐
は、しかし九郎には届かない。
「はっ!」
 気合一喝、事前に己の妖力を流し込んでいた流水に、九郎は別の力を送る。
 刹那、流水が炎と化した。冥府を流れる火の川の如きその焔は、瞬く間に立ち上る炎の
壁となり、九郎に襲い掛かった炎嵐を飲み込んで行く。襲撃者の炎を吸収するかのように、
火の川は更に激しく燃え上がる。否、実際に吸収しているのだ。
「…………」
 己の術式の制御が奪われているにも関わらず、襲撃者は次の手を打とうともせずに焦熱
地獄のような光景を前に佇んでいた。
 炎のベール越しに見えたその姿を訝しげに思いながらも、九郎は反撃の手を緩めない。
(この敵が本当に父上ならば、この程度でどうにかできるとも思いませんがッ!)
 炎を伝う妖力の質を無理やりに捻じ曲げる。下手をすれば術が暴走し兼ねない危険な法
を、九郎は平然としてのけた。
 炎と氷の相反する術を、同一の物のように扱う九郎の能力である。
 その意味する所は、まさに二人を挟んで燃え盛る火炎に表れた。
「凍てつけ!」
 九郎が言い終えると同時に、彼女の言葉通りに炎の渦が“凍りついた”。自然界ではあ
りえない急激な温度変化が突風を生む。
 もちろん、それだけでは終わらない。彫刻のように固まった“凍て付いた炎”は、びし
りと地割れのような音を立てて砕け散る。刃物のように鋭利なその破片は、九郎の制御の
もとに弾丸となって一斉に襲撃者へと牙を向いた。
「お前は……」
 襲撃者の小さな呟きは誰にも届くことなく、その身体に氷の刃物が降り注ぐ。轟音と共
に川辺の地面が吹き飛び、土煙が舞った。
 この程度でどうにかできる相手ではないと“知っている”九郎は、くるりと舞い八つの
分身を作り出した。九郎の制御を離れた局地的な氷河は、まばたきする程の間もなく元の
水へと帰し、激しい飛沫をあげる。
 僅かに制御が乱れていた氷塊の一部が、溶けることなくどんぶらこと川を流れていった
のだが、そんなことを気にするほどの余裕は九郎にはなかった。
「…………」
 分身と共に反撃に備え続けていた九郎だが、おもむろに戦いの舞いを止め、分身を消滅
させた。収まった土煙の向こうには、襲撃者の姿は見られない。
(逃げた……?)
 土煙が上がった時点で、九郎は襲撃者がこの場を離脱したことに気付いている。油断を
誘っているのかと彼女は考えたが、矢のような速さで遠ざかって行く気配がそれを否定す
る。
(逃げる理由がわからないですね。そもそもあれは本当に父上だったんでしょうか?)
 “父上”と同質の力を持つ、正体不明の襲撃者の存在に、九郎は妙な胸騒ぎを覚えたの
であった。
 大勢は既に決していた。
 闘技大会の三回戦。熾烈と混迷を極めたその戦いも、決着の時が迫っている。それは誰
よりも、実際に戦う私たちがよく知る所だった。
 互いの場に立つのは味方が二人と敵一人。そしてもはや敵対する少女に、この状況を覆
すほどの力は残っていないだろう。
 とは言え、私たちに余裕が残されているわけではない。共に戦う仲間の息は荒く、更に
は激戦で磨り減った体力を、少女が呼び出した呪霊が奪う。

 激戦を繰り広げ、未だ立つのはおよそ戦いには似つかわしくない姿の者ばかり。
 その中で、情けないことに最も疲弊していたのはこの私だった。
 余力なんて無いに等しい。動くのが精一杯といったところ。
 だけど――。


「九郎さん、あんまり無理はしないで。あとは、ミオたちが、がんばるから……」
「まだですッ! く……ふぅ……はぁ……私は、まだ……!」
「そ、そうだよ……ここはぼくたちに任せてくれれば……!」


 正直なところ、二人の言葉に甘えたい気持ちが無いわけじゃなかった。
 同族の相手を打ち倒し、敵陣を掻き乱したことで最低限の役目は果たしたつもりだった
し、ここで引いても何も問題ないとは思う。

 だけど、私はまだ動ける。戦えるのだ。
 倒れるのは全て出し切ってからにしたかった。そう思う理由は、長きに渡って養われて
きた、私の負けず嫌いな気質が原因に他ならない。
 ここで退くその姿を父上に見られたら、なんと言われてからかわれるか。


「はぁぁぁっ!」


 意識を集中し、手にした刃に残った力の全てを注ぎ込む。
 そうして出来た私の“棘”は、見た目は何の変哲もない、棒手裏剣がたったの一つ。も
ちろん、ただの飛び道具とは一味違う、不思議な仕掛けが施されてはいるけれど。
 ともかくこれが最後の一矢。私は刃を握り締め、


「でぇぇぇぇぇ、りゃっっっ!」


 力の限り、ぶん投げた。
 ……そして倒れた。持てる力の全てを使い果たしたのだから当然だ、と、状況を冷静に
判断している自分が何だか馬鹿らしい。
 まぁ、後はミオさんと醒夢さんに任せても大丈夫だろう。

 程なくやって来た眠気の波に、抗う気力が残っていようはずもなく――。
 視界を闇が、覆い尽くした。




   -*-





 こうして源九郎は見事に散った。
 ほどなくして、戦いは九郎側の勝利にて幕が降りる――のだが、実は話はこれで終わら
ない。

 その一部始終を、誰にも知られず見ていた者がいたのである。
 闘技大会の戦闘フィールド外、遥か遠方の大木の巨枝に、木の葉に紛れて複雑な表情を
浮かべる少女が一人。
 さて、では見るからに怪しいそれが一体誰なのかと言うと。


「うわぁ……我ながら危なっかしい戦い方ですねー……」


 澄んだ湖のような色の髪から伸びる、小麦色のキツネ耳。無駄な脂肪の無いしなやかな
身体は絹のように白く、小振りなおしりの上からは稲穂のような太いしっぽが伸びている。
 そんな少女の名は、ジュリア=ティーローズ。
 この遺跡島においては源九郎と名乗る彼女は、今しがたまで激しい戦いを繰り広げてい
た源九郎のそっくりさんでも偽者でもドッペルゲンガーでもない。


「まぁ過ぎた事は仕方ありませんよね。これも一つの経験でしたし」


 戦いが終わり、“あちらの”九郎はミオに頬をむにむにと摘まれながら介抱されている。
 その微妙に間抜けな姿を見届けた“九郎”は、ため息をついて木から飛び降りた。ばさ
ばさと木の葉を掻き分け、建物四階ほどの高さからの着地を華麗に成功させた彼女は、耳
をぴくぴく動かして辺りの気配を探る。
 周囲に誰もいないことを確かめて、頭としっぽに乗った木の葉を落とす。落としながら
考えた。


 ――さて、この後どうしたものでしょうか……





   -*-





 時は少し巻き戻る。

 “我が家の不思議なダンジョン”こと、ジュリア宅の地下倉庫は、時空が捩れた魔空間
と化している。のは既知のこと。
 そしてその不思議なダンジョンから帰らない父上を連れ戻すため、意気揚々と倉庫の扉
を開けたジュリアであったのだが、一歩を踏み出して早々に、呆然として立ち尽くすこと
になってしまった。

 カカシのように立つジュリアの柔肌を撫でる風は、草木のにおいを運んでいた。
 彼女の髪色を濃くしたような青空からは穏やかな光が降り注ぎ、雲の合い間を縫うよう
に鳥たちが飛んでいる。
 踏みしめた足元には、紛れもない土の感触。そして道を行き交う多くの人々。
 間違いなくジュリアは屋外にいた。もちろん、外に出た覚えなどない。彼女が開いたの
は家の玄関ではなく、地下倉庫の扉だったはずである。


 ――えー……どういうことなんですか、これ……


 おまけにそこが、ジュリアの記憶の“とある場所”に酷似していたことが、彼女の混乱
を加速する。
 いくらなんでもそんな阿呆なことが、と思考をフル回転させるジュリアであったが、そ
の結論は変わらない。
 ここはかつて、“数年前”にジュリアが旅した名前も知らない遺跡島。多くと出会い、
多くを学んだその場所だった。


 ――何の魔力反応も違和感もありませんでした……ありえません……


 倉庫の扉を開けて一歩進んだと思ったら、何故か見知った島にいた。
 誰かに話しても意味が通じないだろうが、最も混乱しているのは当人のジュリアである。
まるで元から二つの場所が繋がっていたかのように、空間を跳躍する抵抗感も何もなく、
すんなりワープしてしまったのだから無理もない。
 ふと我に返って振り向くと、ここに来るとき通った扉は影も形も消えうせていた。どう
やら一方通行になっていたようだ。


 ――うーん。まぁ、よく考えれば何が起きても不思議じゃないんですよね


 繰り返すが、彼女が向かったのは“不思議なダンジョン”なのである。入るたびに地形
が変わる、といったレベルのものではない。お菓子の袋を開けてみたら、袋の内側に何か
の卵がびっしり張り付いていたとか、そういうレベルの不思議である。
 不気味なダンジョンとか不可解なダンジョンだとか、そんな名前の方が似合うくらいだ。

 気を取り直して“九郎”は辺りを見回した。
 ここが本当に“あの島”であるならば、彼女の名前はジュリアではなく“源九郎”にな
ってしまうのだ。


 ――しかしなんでまた、こんなことになったんでしょう。


 しっぽをゆっくりと上下させながら九郎は考える。
 生き物の思念は、時として他者を呼び寄せる。何らかの縁があって、自分がここにやっ
て来るという結果になったのでは。最初に浮かんだ推測を、いくらなんでもそれはないと、
九郎はすぐに放棄した。そんな怨念レベルの感情には、心当たりもないのである。
 かといって、別の考えがすぐさま浮かぶわけではない。


 ――偶然にしては作為的すぎます。もしかすると父上がこの島に……?


 まさか、という考えに手が届きそうになった、その時のことである。
 “ある者”を視界に映した九郎は、ほとんど反射的に物陰に身を潜め、気配を殺した。
息を止め、瞳に獣を宿らせた彼女の前を、奇妙な組み合わせの三人が歩いて行く。


「一勝一敗。今日の戦いはできれば勝っておきたいところですね」
「そうだね……そう言われると、き、緊張してきた……」
「ふるえているのは、寒いから? 今日の風は、冬の匂いが、少し強いの」
「え、えーと……これは武者震いさ!」
「ふふ、じゃあ今日は醒夢さんに期待しちゃいますよー?」


 ――なななんで“私”がいるんですかっ!?


 のほほんと笑う“自分の姿”に、九郎は仰天したのであった。



「ジュリアちゃん、本当に行く気なの?」
「そりゃ本気ですよ。でないと母上が行く気なんでしょう?」
「だって、ジュリアちゃんより私の方が強いんだもの……」
「うぐっ!」


 翌日の朝になっても、“父上”こと玉藻が家に戻ることはなかった。
 ジュリアが知る限り、玉藻が“母上”に何も知らせずどこかに消えたことは一度もない
ことだった。
 と言っても、彼女は玉藻の心配など水の一滴もしていない。
 殺しても死なないような相手の心配など、するだけ無駄だと彼女は考えている。

 ――が、しかし。


『はぁ……玉藻さん…………』
『母上やめて! それお茶じゃなくて醤油ですから!』
『今までこんなこと、一度もなかったのに……』
『しっぽの付け根を撫でないで! そ、そこはらめぇ!?』
『ん……ジュリアちゃんのしっぽ、玉藻さんと同じ匂い……』
『やめてとめてやめてとめてやめあみゃあーッ!?』


 以上、本日のジュリア家の朝食時のやり取りである。
 “母上”がこんな調子では、ジュリアの身体が持ちそうになかった。
 というよりも割と貞操の危険を感じていた。

 ほっといても帰ってくるだろうと思っていたジュリアであったが、早急に玉藻を連れ戻
す必要があると考えを改め、冒頭のやり取りに到る。


「と、ともかく父上のことは私に任せてください!」
「でも、やっぱり……」
「大丈夫ですって! 母上に及ばずとも、私だって毎日修行してきたんですから!」

 ジュリアと“母上”を比べれば、確かに強さはジュリアが劣る。
 しかし彼女としては、精神状態がメトロノームのように不安定は“母上”を探索に送り
出すには些か不安があったのだ。
 主に何をやらかすかわかったものじゃない的な意味で。

「うん……そこまで言うならジュリアちゃんにお願いするわね……」
「任せてくださいよ。遅くともティータイムには二人で戻って来ますから!」


 そうして半刻ほどかけて“母上”の説得に成功したジュリアは、一息ついて気合を入れ
た。
 これから向かう彼女の家の倉庫は、繰り返して言うが不思議のダンジョンと化している
のである。
 何があるかわかったものではない。
 何が起きても不思議ではない。
日捲り
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プロフィール
HN:
九十九尾
性別:
非公開
職業:
旅人
趣味:
あれやこれや
自己紹介:
あぶらげよこせ
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